はじめに
さて、ここからが続きである。
この物語が完成したとき、少なくとも私の弟子であるならば、生命の霊薬を製することが可能となる。
私は、この地球という惑星における私の最後の生の時間において、日本人の弟子たちをも得られることを願っている。そうして私の業を伝え、失われることのないようにし、日本と日本人にとって有益なものとしたい。なぜなら、日本は私の愛する民であり、愛する国だからである。
そして、始まりにおいては、すべては日本から発したのであり、ゆえに日本が再びすべてを受け取るべきなのである。
私は願い、また請う。
この道に責任を持つ者たちが、神々のこの計画を支持し、私が自らの業を日本人へ返し贈る機会を与えてくれることを。そうしてそれが、全世界にとって益となるように。
これは私の切なる願いである。
日本の心を愛し、日本人を軽んじることのないすべての者が、このことを支援してくれることを。
それぞれが、自らの方法で、自らの能力と力の及ぶところにおいて、尽力してほしい。
ここで私は、弟子たちに改めて思い起こさせたい。
何がヘラクレスの業であるのかを。
ガンガーがヴェーダのさまざまな箇所において語られていること、たとえば彼女がシヴァの子を宿す役割を担うこと、あるいはシヴァがその頭によって彼女の流れを分け、導くことなどである。
そしてまた、我らの術が、女の仕事であり、子どもの遊びにすぎないということをも、忘れてはならない。
この文をよく読め。
すべてはその中に示されている。
自然に一歩一歩従え。
天の火についての私の論述は、すでに汝らも知っていよう。
さらに、2025年12月、私は大阪での講演においても、いくつかの手がかりを示した。
これらはすべて偶然ではない。
この業はその子らを愛する。
しかし何よりも、アルケミアは我らを愛する。
我らが得うる、最も愛すべき、最も忠実な花嫁として。
彼女が我らを選び取ったことは、大いなる恩寵である。
我らがその恩寵にふさわしい者となれますように。
そして私は改めて想起させる。
すべてはきわめて簡単である。
溶かし、凝らす。
すなわち solve et coagula、
あるいは spao kai agerein。
しかし、浄化することを忘れてはならない。
そして、天の火以外の火を、決して用いてはならない。
(フェリックスへの注意)
さて、物語は続く

我は見たり。
大地より新たなる雲、忽然として立ち昇り、我らを包み、虚空へと挙げたるを。
かくして我らは長途を行けり。
夜至り、天は一点の穢れなく、万星燦然として列なれり。
我ら再び天の川に従えり。
ヴェーダにおいてはこれをガンガーと称す。
されど今回は、その流れに逆らいて進めり。
ここにおいて大寒、我が身を襲う。
行路はまた、我が生誕の地へと帰向せり。
しかれども、寒域を離れ、温処に入るや、
我は忽ち深眠に沈み、
曙に覚めしとき、
驚くべきことに、我は再び、出立せし大樫の根元に在りき。
我、愛しきニンフを呼ぶ。
彼女は笑みて曰く。
「なお何を欲するや。
汝の業を成就せしむるため、我は何を為すべきか。」
汝すでにヘラクレスの労を尽くし、
必要なる材を得たり。
残れるはただ一事のみ。
それは細心にして純なる者、
あるいは女、あるいは童子にこそ相応し。
耳を澄ませ。
自然の業を熟視せよ。
自然は地中において金属を形づくれども、
なお足らず。
要するは、その精(エッセンス)なり。
見よ、
彼女はいずこより万物の精を取るや。
それはただ地表にのみ在り、
生きとし生けるもの、
草木の界に存す。
ゆえに自然に従い、
一歩一歩を踏め。
また植物界における彼女の働きを観よ。
汝の求むるは鉱物にあらず。
見よ、
自然はいかにして、
大地に委ねし種を、
露あるいは雨をもって潤し、
天の火をもって乾かし、
かくのごとき循環を重ね、
胎を生じ、
育ち、
芽を出し、
花を開き、
繁殖の力を得、
ついに果の熟成に至らしむるかを。
道は至って簡なり。
解きて、凝らす。
ただこれのみ。
ただし慎め。
用うべき火は、
天の火のみなり。
かくしてニンフは、
我がなお為すべきすべてを、
慈しみをもって説き示せり。
その詳らかなることは、
後に譲るべし。
我はその足下に伏し、
この恩に感謝し、
また永遠なるものに、
数多の危難を越えし助けを賜りしことを、
謙虚に謝せり。
彼女、別れに曰く。
「我を忘るることなかれ。」
しかして忽然と消え去れり。
その失せしこと、
我が心に耐え難き哀を残し、
ここに我は覚醒せり。
ほどなくして我は再び業に就き、
ヘラクレスのごとき労をもって、
二つの金属的本性と、
星辰の霊を含む物質を得たり。
それは他者の資にあらず、
我が最後の資をもって為したるものなり。
これにより我は、
我が価値ありと認むる者にのみ、
成果を委ねる自由を得たり。
しかも我が感受と品位を損なうことなく、
感謝の義を踏みにじることもなく。